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福岡ソフトバンクホークスの歴代外国人を振り返る

2016 11/25 20:06
ピッチャー,ⒸShutterstock.com
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監督まで歴任ドン・ブレイザー

1967年35歳で南海ホークスへやってきたドン・ブレイザーは、長距離砲ではなく助っ人外国人選手としては珍しい小兵の守備型選手だった。南海ホークスに入団した当時は全盛期を過ぎていたが、守備の質が高く見るものをうならせるプレーを数多く魅せてくれた。1967年、1968年と2年連続でベストナインにも選ばれるなどの活躍をし1969年に引退する。その後ヘッドコーチ、監督を務めノムさんこと野村克也と共にID野球を日本に根づかせた1人でもある。2005年に73歳で亡くなっている。

年間3度の退場処分を受けたトニー・バナザード

1988年南海ホークス最終年にやってきたトニー・バナザードは助っ人外国人選手にしては珍しく大砲タイプではなく俊足巧打のスイッチヒッターだった。1988年に打率.315、20本、60打点と活躍するが2年目以降は数字を落としてしまう。成績以上に注目を集めたのが気性の荒さだった。審判の判定に文句を言うなど1988年の夏場に2ヶ月で3度の退場処分を受けるなどお騒がせ男だった。アメリカに帰国後は再びメジャーリーグで試合に出場するが目立った成績は残していない。

絶対的守護神デニス・サファテ

2011年に広島東洋カープへやってきたデニス・サファテは埼玉西武ライオンズを経て2014年に福岡ソフトバンクホークスに入団する。
初年度からクローザーを任され64試合に登板。7勝1敗37S7H、防御率1.05という圧倒的な数字を残しチームの優勝に大きく貢献した。福岡ソフトバンクホークス2年目となった2015年は41Sで初のタイトルとなる最多セーブを獲得する。2016年シーズンも43Sを挙げ2年連続で最多セーブに輝いている。193センチの長身から投げ下ろすストレートはわかっていても空振りしてしまう球として相手打者に恐れられている。

まとめ

福岡ソフトバンクホークス、その前身チームの外国人選手を5人紹介した。成績だけでなくお騒がせで印象に残っている選手も多くいるのが特徴だ。優勝を逃した今シーズンだが、来シーズンに向けた補強が今から楽しみだ。

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