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1960年代におけるMLBドラフト全体1位は誰だった?

2017 7/10 10:25cut
MLB,ドラフト,アスレチックス
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1965年:リック・マンデイ選手

MLBのドラフト第1回目の全体1位指名選手はリック・マンデイ選手だ。カンザスシティ・アスレチックス(現オークランド・アスレチックス)から指名され入団に至る。
入団2年目の1966年にマンデイ選手はメジャー昇格。翌1967年には124試合に出場して中心選手として活躍する。その後、タイトルを獲る活躍はできなかったが、シカゴ・カブス、ロサンゼルス・ドジャースと渡り歩く。1984年に現役を引退するまで1986試合に出場して1619安打を放ったマンデイ選手。オールスター出場も果しており、ドラフトは成功と言えるだろう。

1966年:スティーブ・チルコット選手

ドラフト2年目の1966年にニューヨーク・メッツから全体1位で指名されたスティーブ・チルコット選手。17歳でのプロ入りということもあり、マイナーでの育成からスタートした。1970年にAAAまで昇格するが、メジャー昇格を果たすことができない。
1972年にメッツからニューヨーク・ヤンキースに移籍するが、そこでも結果を残すことができず、現役を引退することになった。ドラフト上位指名といえど活躍する保証はないというのが、ドラフト開始2年目で露わになったのだ。

1969年:ジェフ・バロウズ選手

1969年にワシントン・セネタースから全体1位で指名されたのがジェフ・バロウズ選手だ。バロウズ選手は、ドラフト翌年の1970年にメジャーデビュー。1973年からレギュラーとして試合に出場する。レギュラー定着となった翌年の1974年には打率.301、25本塁打、118打点の成績を残し、打点王、MVPを獲得した。しかし、この打点王とMVPがバロウズ選手にとって最後のタイトルとなってしまう。
1975年以降、バロウズ選手は打率3割を超えることがなかったが、16年間の現役生活を送り、通算1443安打を放つなど、一定の成績を残したと言えそうだ。

まとめ

1965年に始まったMLBのドラフト会議だが、1960年代はビッグスターの誕生とはならなかった。 一番目に指名したからといって、確実に活躍する保証はないというのが野球の面白さでもあるのだ。 いろいろな発見があるドラフト会議の歴史を紐解いてみてはいかがだろうか。

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