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甲子園の名投手たちが残してきた記録!奪三振記録を持つ投手たち

2018 1/8 14:03Mimu
高校野球,ピッチャー
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1大会あたりの三新記録を持っているのはおなじみのあの人たち

1大会の奪三振記録を見てみよう。春の選抜では江川卓さんの60奪三振、夏の甲子園では板東英二さんの83奪三振が記録に残っている。どちらも野球ファンの方にとってはおなじみの名前だろう。
江川さんは3年生だった1973年の大会で、この記録を残している。下級生の時から怪物投手として大きな注目を集めていたが(1年生の秋季大会でノーヒットノーラン、2年制の夏の大会では平均三振率15.7に3試合連続ノーヒットノーラン)、この大会の成績はその実力をハッキリと物語るものとなった。

まず1試合目、強打で知られていた大阪の北陽高校を4安打19奪三振と圧倒的にねじ伏せると、続く福岡の小倉南高校で10奪三振(点差が開いたため7回で交代)、さらに愛媛の今治西戦では8者連続を含む20奪三振を記録。3試合で49個の三振を奪い、噂に違わぬ実力を発揮する。

そして準決勝の広島商業戦、相手はバットを短く持ち、ベースギリギリに立って内角を攻めづらくするという作戦をとる。それでも江川さんは毎回の11奪三振を記録し、これで大会通算60個に。それまでの記録である54奪三振を大幅に更新した。だが5回までに104球を投げるなど、相手の作戦も功を奏しており、とうとう8回にタイムリーを打たれ1-2で敗退。4試合34イングで60奪三振、強烈な印象を残したまま、甲子園を去ることとなった。

延長再試合の熱闘によって大きく塗り替えられた奪三振記録

板東さんの記録は、3年生だった1958年の夏の大会で達成されている。1回戦の秋田商業戦で17奪三振、2回戦の福岡県立八女高校戦で15奪三振、たった2試合で32個もの三振を奪ったことになる。続く富山県立魚津高校戦は、球史に残る1戦となった。
この試合で板東さんは1点も与えずに9回を投げる。しかし、相手の村椿輝雄さんも1点も許さなかったため、0-0のまま延長戦に突入する。さらにお互い9イニングずつを投球するが、両者1点も与えることがないまま延長18回0-0の引き分けに終わった。この試合で板東さんは25奪三振を記録し、すでに57奪三振となっていた。

そして翌日の再試合で板東さんは腰痛に苦しんでいたものの、痛み止めを打ち登板し、9回を投げて9奪三振を記録した(試合は3-1で勝利)。
これで楠本保さんの大会記録である64奪三振を更新し、66奪三振となった。さらに、3日連続の試合となった準決勝の作新学園戦でも1安打14奪三振と力投。これで記録を大幅に更新する80奪三振に到達した。
しかし、決勝の柳井高校戦(山口県)では7失点3奪三振と力尽きてしまい、奪三振記録は83でストップ。最後は気力で投げ抜いたが、惜しくも優勝投手となることはできなかった。

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