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記憶に残る名勝負に事件 星稜高校野球部の歴史と戦績

2019 8/7 12:30
野球
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議論噴出した松井秀喜への5連続敬遠

1992年夏、第74回大会では松井秀喜が関わる「事件」があった。

11回目の出場となったこの夏、1回戦は新潟県の長岡向陵に11-0で大勝して好スタート。2回戦では明徳義塾との対戦だった。

春の選抜で3本のホームランを放った松井の長打力を警戒し、明徳義塾の馬淵史郎監督は松井の全打席敬遠を指示。4番松井は、5度の打席に立ちながら一度もバットを振ることなく、チームは2-3で破れた。

この「事件」を機に、5連続敬遠の是非だけでなく、高校野球における勝利至上主義についても議論を呼び、全国的な関心を集めた。

北陸勢初優勝を逃した1995年夏の甲子園

1994年と1995年には2年連続で春夏連続出場を果たし、4季連続の甲子園となった。

1994年は春夏とも1回戦で敗退したが、1995年春の第67回選抜大会でベスト8に進出して手応えをつかみ、夏の第77回大会に臨んだ。

左腕エース・山本省吾の力投で1回戦、2回戦と順調に勝ち進み、準々決勝では金足農を6-3、準決勝で智辯学園を3-1で退け、決勝戦では東東京の帝京と対戦。

北陸勢としても初優勝がかかっていたが、星稜は1回表1点を先制するも追加点が奪えず、1-3で敗退。準優勝に終わった。

奥川恭伸率いる星稜が新たな歴史を作るか

1995年の準優勝以降、夏の甲子園では3回戦の壁を突破することが出来なかった星稜だが、今大会ではプロ注目の奥川恭伸を擁し優勝候補の一つに挙げられている。3回戦の智辯和歌山戦では延長14回を投げ切って23三振を奪い、さらに評価を上げた。

奥川はU-18代表に選ばれ、中学時代に全国大会優勝の経験もある。夏の甲子園予選では158km/hをマークしており、ドラフト会議でも上位指名の筆頭候補だ。

令和元年の大会で奥川率いる星稜は、石川県勢初の優勝を果たすことが出来るか。

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