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プロに多数輩出している仙台育英硬式野球部の歴史

2019 8/8 19:00SPAIA編集部
イメージ画像ⒸmTaira / Shutterstock.com
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初めての決勝は延長で敗退

仙台育英が初めて甲子園に出場したのは、1963年夏の選手権大会。初戦で今治西に敗退するが、同校にとって歴史的な年となった。

1989年にはエース大越基選手を擁し、初めて決勝に進出。帝京高校と対戦し、延長10回0-2で惜しくも敗戦する。この時の帝京のエースは同年のドラフト会議で巨人から3位指名され、現在は日本ハムの2軍打撃コーチ を務めている吉岡雄二だった。

2010年夏の選手権では、初戦で島根県代表の開星と対戦。開星のエース白根尚貴選手(元DeNA)に抑え込まれ、9回表二死まで3-5と敗色濃厚だった。しかし、ここから安打、死球、失策などで1点を返し、なおも走者を置いて逆転のチャンスを作る。次打者が打ったのは、平凡なセンターフライ。誰もが万事休すと思った瞬間、中堅手がエラーをし、二者が生還して逆転に成功。奇跡的に勝利を収めた。この落球シーンは甲子園のドラマとして、メディアでもたびたび取り上げられている。

悲願の頂点へ、初戦は飯山と

3度の準優勝があるものの、届きそうで届かない全国の頂点。2019年夏、悲願の初優勝に向け、初戦は長野代表の飯山と対戦する。

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