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高校野球はこの高校が作り上げた!?市岡高校野球部(大阪)の歴史

2017 3/16 18:28Mimu
野球
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未だに残る選抜大会記録

ちなみに、市岡高校は全国大会で珍しい記録を残した学校でもある。まだ旧制の市岡中学校時代に出場した、1924年春の選抜大会でのこと。横浜商業との試合で、21-13というかなり大規模な打撃戦を繰り広げたのだ。両軍合わせて34得点というのは、未だに選抜大会記録となっている。
しかも、この試合は再試合だったというのがまた驚きだ。1度目の試合では延長14回、13-13で引き分けに終わっており、その再試合の結果、両軍合計の最多得点の記録が生まれたのだ。2試合で両軍が挙げた合計得点は60。こんな記録は後にも先にもない。

4人の野球殿堂入りを輩出

市岡高校は、これまでプロ野球入りした選手を9人ほど輩出している。しかし、市岡高校が本当に素晴らしいのは、同校OBがプロ野球界だけでなく、アマチュア野球界にも大きな影響を与えたということだ。
たとえば、佐伯達夫さんはプロ入りこそしていないが、高野連の創設に大きく関わり、野球殿堂入りしている。他にも都市対抗野球で監督として輝かしい実績を残した田中勝男さん、大学・社会人野球界の発展に大いに貢献した伊達正男さん、朝日新聞社の社長、そして全日本マチュア野球連盟会長も務めた広岡知男さんと、合わせて4人のOBが野球殿堂入りを果たしているのだ(ちなみに、広岡さんは先ほど紹介した横浜商業戦に3番ショートで出場している)。

伝統が詰まった三本戦

市岡高校野球部をご覧になったことがある方ならご存じかもしれないが、ユニフォームの中でも、特に帽子とヘルメットがすごく特徴的だ。3本のラインが入ったデザインは、一目見ただけで非常に印象に残る。
実はこの「三本線」には大きな意味があることはご存知だっただろうか。もともと旧制大阪府第七中学校として創設され、名前の通り大阪府では7番目、そして大阪市では北野高校、天王寺高校に次ぐ3番目の歴史を誇っている。そして、この三本線にも、市内第三の学校であるとの意味が込められているのだ。これは、ユニフォームだけでなく、校章や校旗にも使用されている。
このように、この三本線には市岡高校のみならず、高校野球の、そして大阪の歴史が詰め込まれているのだ。甲子園歴史館にも、この帽子が寄贈されているほど。それだけ、市岡高校が高校野球の歴史上で、非常に大きな役割を果たしてきたということだろう。

まとめ

市岡高校には専用グランドもなく、決して練習環境には恵まれてはいない(グラウンドは他の部活動と交代しながら使用)。 それでも、これだけの素晴らしい歴史を残してきた。 その功績は、高校野球界だけでなく、アマチュア野球界全体にも大きな影響を与えた。

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