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代表選考会で勝っても東京五輪に出られない? ちょっと困ったマラソン選考事情②

2019 4/30 07:00鰐淵恭市
マラソン,Shutterstock.com
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国内選考基準と五輪参加資格は別もの

東京五輪のマラソン代表選考レースとなる「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」。このレースができる要因となった過去のドタバタについては、前回説明した通りだ。四つの選考レースから3人を選ぶなどという曖昧な選考基準を排除し、過去に起きたような悲劇を繰り返さない、わかりやすい選考を目指してMGCは生まれた。

2017年に始まったMGCシリーズ対象レースで基準をクリアしなければ、MGCに出場できない。4月20日現在、出場権を得ている男子は30人で、女子は14人。まずはその中から、今年9月にあるMGCで男女上位2人が代表に内定。3人目は、MGCファイナルチャレンジ(福岡国際やびわ湖など、これまでの五輪代表選考レース)で派遣設定記録(2019年5月発表予定)を最速で突破した選手が選ばれ、突破する選手がいない場合は、MGC3位の選手が選ばれる。

至極分かりやすいシステムだが、なぜ問題が起きているのだろう。

2017年8月に発表されたMGCの日本代表選考方法の基準は、あくまでも日本国内が基準で、五輪に参加する資格があるかないかは別の話になる。マラソンなどの陸上競技でいえば、国際陸連が定める別の国際基準が存在するようなもの。

つまり、国内基準をクリアしても国際基準を満たしていなければ、五輪に出場できないということになる。国際基準を満たす選手が4人以上いる場合は、国内の基準を適用して代表を3人にしぼる、というのが通常の流れ。

今年3月に国際陸連から発表された参加資格は、派遣設定記録を突破した時点で五輪参加資格を得ることができるという「参加標準記録方式」と、各選手の記録や順位をポイント化しているワールドランキングの上位者から選ぶという「ランキング方式」の併用だった。ちなみに、これまでは参加標準記録方式だけだった。

一気に厳しくなった参加標準記録

方式が増えるだけならいいのだが、東京五輪ではさらに参加標準記録が大幅に引き上げられた。これが、今回のMGCの問題に直結する。

前回のリオデジャネイロ五輪の参加標準記録は、男子が2時間19分0秒、女子が2時間45分0秒だった。それに対して今回は、男子が2時間11分30秒、女子が2時間29分30秒と、一気に厳しくなった。また、参加標準記録をクリアしなければならない期間の開始日も問題になっており、その有効期間は2019年1月1日から2020年5月31日までとなっている。

今、日本の男子マラソン界には、2時間5分50秒の日本記録を持つ大迫傑(ナイキオレゴンプロジェクト)、前日本記録保持者で2時間6分11秒の記録を持つ設楽悠太(ホンダ)、アジア大会覇者で2時間6分54秒の記録を持つ井上大仁(MHPS)、2時間7分27秒で昨年の福岡を制した服部勇馬(トヨタ自動車)と、「ビッグ4」と呼ばれる4人がいる。

彼らの記録を見れば、参加標準記録なんぞ問題ではないと思うかもしれない。だが、いずれも自己ベストは有効期間開始前のもので、4人全員が有効期間内に参加標準記録を突破しておらず、4月にボストンに挑んだ井上の記録は2時間11分53秒と、参加標準記録突破とはならなかった。まだ有効期間内にマラソンを走っていない他の3人は、MGCを最大の目標に置いているため、その前に走る可能性は低い。つまり、五輪参加資格のないまま、国内選考会に出場することになる。

突破していないのはビッグ4だけではない。4月20日現在、MGCの出場資格を持つ選手の中で五輪参加標準記録を突破しているのは男子で12人、女子で8人しかいない。

MGCに出場する選手の力量を考えれば、MGC上位者が参加標準記録を突破するのは容易にも思える。しかし、レース開催日は9月15日と、まだ夏の暑さが残る時期。失敗は許されず記録も関係ない、勝負がすべての選考レース。暑さゆえに、超スローペースになることも考えられる。参加標準記録を気にしてスパート勝負になることを嫌がる「ビッグ4」のような実力者が、序盤から飛ばすのではという可能性もある。

一方で、9月の暑さの中、序盤から飛ばすことは怖くてできないだろうとみている陸上関係者もいる。もし、スローペースで展開すれば、参加標準記録を突破できない可能性も出てくる。では、参加標準記録を突破していない選手がMGCで優勝したらどうなるのだろう。(続く)