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代表選考会で勝っても東京五輪に出られない? ちょっと困ったマラソン選考事情①

2019 4/29 07:00鰐淵恭市
マラソンランナー,ⒸShutterstock.com
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悲願だった一発選考

東京五輪まであと1年あまり。今年9月にはマラソンの日本代表を決める選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」が行われ、いよいよ各競技での代表選考会が本格的に始まる。

しかし、このMGCでは、ちょっと困ったことが起きている。指導者からは「代表権を獲得しても五輪に出られない可能性もあるのではないか」という声が聞かれ、マスコミ関係者には「優勝しても代表内定と報道できないのでは」と話すものがいる。

マラソン選考で何が起きているのか。問題点を把握するために、まずはMGCと過去のマラソンの代表選考について理解する必要がある。

MGCとは、今年の9月15日に東京五輪とほとんど同じコースで行われるマラソンの代表選考会のことで、男女ともレースがある。1回のレースで代表を決める「一発選考」の形を、〝ほぼ〟取っているのがこのレースの特徴だ。

この「一発選考」は、日本の陸上界において常に賛否が集まるテーマであり、ある意味、悲願でもあった。最近の五輪では運良く揉めることはなかったが、かつてのマラソンの代表選考では誰を選ぶかで揉めに揉めることがあり、時には世論を二分する騒動に発展することも。マラソンの代表選考のドタバタは、4年に1度の風物詩でもあった。

Qちゃん落選で世論沸騰

古くは、1988年ソウル五輪の代表選考会にあたる1987年の福岡国際マラソンでの出来事が有名。当時は「福岡一発勝負」が事前の合意だったが、スター選手の瀬古利彦が足の骨折で直前に欠場を表明。瀬古の救済措置を設けるかどうかで世論が割れた。

さらに、瀬古のライバル選手だった中山竹通の「はってでも出てこい」というコメントが週刊誌に掲載され、レースを前に代表選考は大荒れとなった(中山が実際に発したコメントは「僕ならはってでも出る」で、週刊誌がねじ曲げたと言われている)。

この時は結局、福岡優勝の中山、2位の新宅雅也までが五輪代表に内定。日本陸連は、東京国際とびわ湖の結果を見て3人目を判断するという「瀬古救済策」を選んだ。そして、びわ湖で優勝した瀬古は3人目の代表に内定。だが、瀬古の優勝タイムが福岡で日本選手3位に入った工藤一良よりも遅い2時間12分台だったため、あいまいな選考基準が問題となった。

その4年後、バルセロナ五輪の代表選考女子マラソンで悲劇が起きた。3人目を争ったのは、その前年の東京世界選手権4位の有森裕子と、国内選考会である大阪国際女子で2位となり、有森の自己ベストよりも1分近く速く走った松野明美の2人だった。

暑い夏のレースでの実績を取るのか記録を重視するのかで意見が分かれる中、松野が会見を開き「私を選んでください」と言ったため、さらに混乱に拍車がかかった。結局この時は有森が選ばれ、日本女子マラソン初となる銀メダルを獲得することになる。

21世紀になり、国民の関心を集めたのは2004年アテネ五輪代表に高橋尚子が選ばれるのかどうかだった。2000年シドニー五輪で日本女子マラソン界初の金メダルを獲得。国民栄誉賞も受賞の上、世界記録も樹立し、一躍国民的スターになった「Qちゃん」こと高橋だったが、アテネ五輪選考レースの2003年東京国際女子で2時間27分台という平凡な記録で2位(日本選手1位)に終わった。

確かに選考会だけの結果を見れば落選は致し方ないのだが、過去の実績を重視する声も大きく、世論は大きく割れた。また、日本陸連の幹部が高橋側に「代表に選ぶ」という趣旨の言葉を伝えたとも言われ、それが事態を悪化させてしまった。

かつては複数選考会、マラソン人気があだに

なぜ、毎度のごとくマラソンの代表選考が揉めるのか。それは、基準があいまいなこともあるのだが、選考会が複数あったのが一番の理由だろう。

例えば前回の2016年リオデジャネイロ五輪の場合、男子は世界選手権、福岡国際、東京、びわ湖、女子は世界選手権、さいたま国際、大阪国際、名古屋ウィメンズが選考レースだった。

おわかりかと思うが、代表選手は3人なのに選考レースは四つもある。複数のレースから選考するとなると、その基準の一つになるのは記録だが、記録はその時の気象条件によって左右される。だから、単純に記録でだけでは比較できにくくなる。

さらに言えば、世界選手権は夏に開催されるため、記録での比較が一層困難になる。マラソンのような記録競技において、客観性を持つのは記録だけなのだが、その記録で比較できないというところに問題が起きる素地があった。

恐らく、マラソンの代表選考レースがこんなに沢山あるのは日本だけだろう。それは、日本でのマラソン人気と関係がある。人気がある故に「儲かる」イベントでもあるマラソン。そこで、大手メディアがこぞってマラソン大会を開催しているのだ。

先述したリオ五輪の代表選考レースのうち、世界選手権以外はすべて大手メディアが主催している。そして、主催ではない世界選手権はTBSが独占放映権を獲得し、長年中継を続けている。また、日本陸連もこういった大会から収益を得ているという図式がある。

仮に、五輪選考の年に代表選考レースから外されたとすれば、その大会は「あがったり」となる。だから選考レースは複数存在し、そのため一発選考することができなかった。実は、今回のMGCも厳密な意味では一発選考ではない。MGCで決まるのは男女それぞれ2人までで、3人目についてはこれまでの選考レースから選ばれる可能性を残している。

MGCはうまい着地点を見つけた「ほぼ一発選考」なのである。
(続く)