「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

16年ぶりに日本新!男子マラソン界に新しい光りをもたらした設楽悠太(後編)

2018 3/6 17:34きょういち
マラソン,ランナー,日の出
このエントリーをはてなブックマークに追加

「まだ1、2分は伸びる」

東京マラソンの翌日、1億円の目録が授与された。普段、喜怒哀楽を表に出さない設楽だが、「表情にはあまり出さないですけれど、心の中では半端ないくらいうれしい」と笑った。そして、「応援に来てくれた友人においしいご飯をごちそうしたい。両親には何が欲しいか聞いてみたい」と話した。

また、東京マラソンの10キロ付近から右ふくらはぎの痛みに襲われていたことも明かした。「検査しないとはっきり分からないけれど肉ってると思う」。「本当によくこの足が頑張ってくれた」。

今後については、昨年も走った9月のベルリン・マラソンに出場する予定という。記録については、「まだ1、2分は伸びる。2年後には2時間4、5分を目標にしたい」と語った。

これまでの日本式練習方法を覆す設楽流

16年ぶりに日本記録を更新した設楽だが、その練習方法は関係者を驚かせた。

日本の男子マラソンの練習方法は、世界で最も強かった1970年代から80年代にかけて確立された。男子マラソンを引っ張った瀬古利彦、宗兄弟の練習がベースになる。細かい違いがあるものの、共通しているのは、40キロ走を何本走ったのか、月間に何キロ走ったのか、ということを重視している点だ。つまり、長い距離を走り込むことに力点が置かれている。これは男子に限らず、女子も同じで、五輪金メダリストの高橋尚子、野口みずきも月に1,000キロ以上走り込むなど、その練習量が強さのベースだった。

しかし、設楽は違った。練習は最長30キロまで、いわゆる30キロ走までしか走らない。これは異例である。

「マラソンは30キロから」というのが、先人たちが言い続けた定説である。マラソンで苦しくなる、勝負になってくるのは30キロから。練習では40キロを走って、スタミナを養い、30キロ以降の苦しみに耐性をつくっていく。だから、40キロ走を何本走ったかが重要視されてきた。

ただ、設楽はこう言う。「僕は40キロ走をやる必要はない。走り込みとかは昔の話。もうそんな時代ではない」

おすすめの記事