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日本人初の9秒台を達成した桐生 10秒01からの4年を振り返る(9)

2017 10/17 11:15きょういち
陸上競技
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コーチとの確執

 東洋大に入学当初、桐生は土江コーチにこう言い放っている。

 「土江先生は『おれがお前に9秒台を出させてやる』と言ってくれない。あなたに俺に9秒台で走らせる自信がないんだ。俺は五輪でファイナリストになる。そうするとここで誓え」

 土江コーチは理論派で細かいことを言ってくれるが、桐生にとってみれば肝心の「9秒台で走れる」とは言ってくれない。土江コーチにしてみれば、9秒台で走れる根拠がないと軽々しくは言えない。でも、桐生にとってはそれが嫌だった。

 逆に高校時代に知り合った指導者は「9秒台で走れる」と言ってくれる。どちらについていくかと言えば、当時の桐生にとっては明らかだった。

 大学生になってからというもの、本来の指導者である土江コーチの言うことは聞かなくなった。スタート前に腕や肩を動かすルーティンが増えた。

 走り方も変わった。力任せに足を回す走りになった。10秒10の織田記念の走りがそうだった。力を使って走る。だから、終盤は体が後ろに反り返る悪い癖も出た。さらには、力を使いすぎるから、ケガもする。織田記念ではまさにその通りの結果になってしまった。

 織田記念の予選後、コーチや恩師たちが集まって話していたのは、桐生の目を覚まさせ、いかにして骨ストレッチを教える指導者と決別させるか、だった。(続く)

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