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【箱根駅伝】耐える区間から攻める区間へ 「山上り」5区攻略の秘密

2026 1/1 06:00SPAIA編集部
駅伝のイメージ画像,ⒸWoodysPhotos/Shutterstock.com
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ⒸWoodysPhotos/Shutterstock.com

間もなく号砲

新春の風物詩、箱根駅伝の号砲が迫ってきた。第102回大会を迎える2026年の箱根路。各大学がしのぎを削る中、勝負の行方を決定づける最大の関門こそが、往路のアンカー・5区だ。

平地でのスピード競争が激化する昨今だが、山では数分の差が一瞬にしてひっくり返されてしまう。各校のエース級が投入される花の2区に対し、5区は特殊な適性が求められるスペシャリストの領域だ。

今年もまた、この過酷な山道で新たなヒーローが誕生するのか、あるいは魔物が牙をむくのか。

「山の神」の系譜と異次元の記録

箱根駅伝の歴史において、「山登り」の5区を攻略し、他大学のランナーを数分単位で引き離す圧倒的なパフォーマンスを見せた選手は「山の神」と称えられてきた。それぞれが目覚ましい走りで区間新を樹立しているが、ただ速いというだけではない。

その称号の起源であり、歴史を変えたパイオニアこそが「初代・山の神」今井正人(順天堂大学)選手だ。

今井選手は、2005年に5区を担当すると、山上りで11人を抜き去り、最終的に2位に3分38秒もの大差をつけ、1時間9分12秒という驚異のタイムで駆け抜けた。これは実に28年ぶりの記録的大差であり、他校が「山は耐える区間」と捉えていた時代に、「平地と同じリズムで坂を登る」という衝撃を与えた。

その系譜を継いだ「2代目」柏原竜二選手(東洋大)もまた規格外だ。柏原選手が区間新を連発した時代は、今井選手が活躍した時代(20.9km)や現在(20.8km)よりも長い23.4km(2006〜2014年)のコース設定だった。

それにも関わらず、4年次には今井選手の平均ペース3分19秒/km(2005年)を上回る3分16秒/kmという、驚異の数値を叩き出した。距離が伸びれば平均速度は落ちるのが普通だが、柏原選手はこの「常識」を覆したのだ。

「3代目」神野大地選手は身長164cm、体重40kg台という軽量ボディながら、全身を使ったダイナミックなフォームで登りは力強く、逆に下りでは重力の影響を最小限にする高回転のピッチ走法と、状況によって走法を使い分ける高度な技術で、5区攻略の新しい解を示した。

近年続く記録ラッシュは、彼らが切り拓いた「山攻略」の歴史の上にある。

標高差860m、氷点下の「複合地獄」

箱根の山には魔物が棲むと言われる。過去には意識が朦朧となり、脚が痙攣して走行不能に陥る選手や、強風と寒さの中で無念の途中棄権に追い込まれたケースもあった。タスキをつなぐことさえ許さない、この過酷な現実。なぜ5区はこれほどまでに過酷なのか。

それは単に「坂がきつい」からではない。800mを超える標高差を一気に駆け上がるこのコースでは、重力に抗う莫大なエネルギーが必要となる。

さらに恐ろしいのが気象条件だ。標高が上がれば気温は下がり、強風による体感温度は氷点下になることも珍しくない。汗で濡れたウェアが風に晒されれば、気化熱で体温が急激に奪われる。これが「低体温症」を招き、意識の混濁や痙攣を引き起こして途中棄権に至るケースすらある。

そして、上りきった後に待ち受けるのが「下り坂」だ。ここでは着地の衝撃を吸収するために筋肉が引き伸ばされながら力を発揮する「伸張性収縮」が繰り返される。平地以上に筋繊維へのダメージを蓄積させ、深刻なダメージを与える。上りで心肺機能を使い果たし、さらに下りで筋肉を破壊される。この「複合的ストレス」こそが5区の正体だ。

厚底シューズと進化する「走り」の技術

過酷な環境であるがゆえに、かつて5区は「耐える区間」だった。ところが近年は「攻める区間」へと変貌している。その要因の一つはシューズテクノロジーの進化、いわゆる「厚底シューズ」の登場だ。カーボンプレートによる推進力に加え、そのクッション性が下り坂での着地衝撃を大幅に軽減し、ランナーの脚を守るからだ。

進化はギアだけではない。ランナー自身の「走り」もまた、物理学的に洗練されてきた。特に下りでは、ブレーキを最小限に抑える高度な身体操作が必須となる。

さらに鍵となるのは「重心の真下近くに着地する」技術だ。今やランナーの間では当たり前となったこの技術が普及し始めたのは2000年代後半のこと。

恐怖心から腰が引けて足を前に出しすぎれば、強いブレーキがかかり脚を破壊してしまう。現代のトップランナーたちは、骨盤を前傾させ、身体全体を斜面に沿って倒し込むことで、ブレーキ成分を最小化し、重力を推進力へと変換している。

かつて神野大地が見せたような、滞空時間を短くする「ピッチ走法」も有効だ。落下エネルギーが過大になる前に次の一歩を踏み出すことで、脚への衝撃を分散させる極めて合理的な戦略といえる。

厚底シューズという「盾」と、物理法則に則った走行技術という「矛」。この両輪が噛み合った時、記録は必然的に更新されるのだ。