「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

常に先を行く『異能』のアスリート、為末大

2016 12/15 10:20きょういち
為末大Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長

12月10日、移転問題で揺れる豊洲市場のすぐそばで、一風変わったスポーツ施設がお目見えした。「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」。半円筒状の屋根と木の骨組みという「近未来」と「昔の日本」が混在する異質な空間には、直線で60メートルのトラックがある。

このスタジアムの特徴は、その見た目だけではない。パンフレットにはこうある。「テクノロジーとコミュニティの力で、誰もが分け隔てなく自分を表現することを楽しんでいる風景を作る」

義足を製作する「Xiborg」のラボも併設し、障害者アスリートが手軽にトレーニングできるようになっている。さらには、障害者と健常者が共同でアートパフォーマンスを作り上げる「SLOW LABEL」も活動する。健常者だけが楽しむスタジアムの姿はここにはない。

このスタジアムを考え、「館長」として活動するのがスポーツコメンテーターとして活躍する為末大。世界陸上の男子400メートル障害で2度の銅メダルを獲得した元アスリートである。

成り上がってやる

僕が為末と初めて会ったのは2005年だった。ヘルシンキ世界陸上の直前に話を聞いた。

陸上の話よりも、投資とか金融とかの話に花が咲いたのを覚えている。現役でありながら、引退してからの先のことも考えていた。

為末が実業団の大阪ガスを辞めて、プロになったのは2003年。「陸上は成り上がるためのツール」と言ってはばからなかった。競技人生のイメージは太く短く。投資関係の本も出した。クイズ番組で得た資金を元手に公道で陸上大会を開くアイデアも見せた。とにかく『異能』という言葉がぴったりだった。

社会とスポーツについて考える

ところが、選手生活の晩年、その異能ぶりは、違った方面に向かい始めた。

「いろんな人に支えられている。きれいなものだけじゃなく、大事なものがある」。かつての「太く短く」という競技人生から、ぼろぼろになるまで走るという思いに変わっていた。

一つの思いが彼の中にはあった。取材をすると、よくこう言っていた。

「スポーツの地位を向上させたい」「スポーツを使って、社会の問題を解決していきたい」

ボランティアにも積極的になった。東日本大震災の際には人脈を生かして義援金を集め、自らも被災地を訪れた。

僕はアウトサイダー

「社会の問題解決」という観点からだと思う。ここ数年、為末はパラスポーツへ注力していった。

為末の技術力、実績を見れば、日本陸上競技連盟の中枢として、2020年東京五輪の強化に携わっていてもおかしくない。でも、彼はそういう指導者の道を選ばなかった。彼がよく言う言葉がある。

「僕はアウトサイダーなんです」

強化のど真ん中には位置せず、一歩引いて、社会を俯瞰する。為末らしい生き方なのかもしれない。

パラアスリートを支援し、義足をつくる「Xiborg」の活動にも携わる。

「パラの方が可能性があると思うんです。健常者の記録を、障害者の記録が上回る日がくると思うんです」。常々語っていた思いを実現させたのが、この豊洲の新スタジアムなのだと思う。

パラリンピアンをヒーローに

スタジアムのパンフレットに為末のメッセージがある。

「2020年以降の最も大事なレガシーは、障がいのあるなしや年齢、性別に関係無く、すべての人がスポーツやアートを楽しんでいる風景なのではないでしょうか。(中略)本当の意味でのバリアフリーが実現される未来をほんの少しだけ先取りして、ここを拠点にその風景をこれから新豊洲に作っていきたいと思います」

言葉通り、彼の人生は、ほんの少しだけ先取りしてきたものだったかもしれない。プロ宣言も早かった。アスリートがテレビで活躍する土壌も築いた。アスリートの人脈をつかったボランティア活動も先を行っていた。そして、今度は本当の意味でのバリアフリーの世界を実現させようとしている。

スタジアムにあるメッセージボードには、為末が直筆でこう書いていた。

「パラリンピアンをヒーローに」

その思いを胸に、為末は走り続ける。