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留学生ランナーの先駆け!山梨学院大学駅伝の歴史と伝統

2016 10/4 00:52
駅伝
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留学生ランナーを育て続ける伝統

留学生ランナーを初起用した89年は7位、90年は4位と回を重ねるたびに山梨学院大は躍進を続けた。留学生の起用に対して世間は「反則」と批判する声もあった。
しかし、駅伝部を指揮する上田誠仁監督は、留学生の食生活や語学、練習環境に慣れされることの大変さを説いた上で、日本人と比べて生活がルーズだった留学生に「一番長くグラウンドにいないと強くなれない」と、猛練習を課した。その結果が大舞台で身を結んで以来、留学生ランナーはその教えを守り続けて伝統となっている。

箱根駅伝の初制覇は出場6年目の1992年

箱根駅伝の初出場から6年目となった1992年、ついに山梨学院大は箱根駅伝での栄冠を手にする。出場6年目での記録達成は、専修大学とタイ記録となっている。この時期同大の黄金期が始まり、箱根駅伝は94、95年と制覇して出雲駅伝では91年から5連覇。早稲田大、神奈川大と覇権を争う常勝チームに成長した。
しかし、96年に当時エースに君臨していた中村祐二選手がレース途中で足を痛めて途中棄権。ここからは優勝とは縁がなく、シード権さえ届かない年も多くあった。数年に一度のペースで2、3位に入る時期もあるのだが、継続して上位に食い込むことが難しくなっている。

甲府の街も山梨学院大学を応援

山梨学院大の練習環境は陸上競技場だけではない。創部当初は学内に練習場がなかったことから、上田監督は甲府市の自然環境を生かしたクロスカントリーコースを考案し、この練習方法は他校の先駆けとなった。地元の街は同大陸上部に協力的で、銭湯の無料券の配布や、県国際交流協会員が留学生と食事しながら日本の文化を教える機会を作ったりしている。
街とともに優勝を目指すスタイルが箱根駅伝30年連続出場の山梨学院大の強さを支えているのだ。

まとめ

留学生ランナー起用の先駆けとして有名な山梨学院大だが、留学生を育てる苦労もあり、それを支える街の温かさも感じられるチームだということがわかる。箱根駅伝で再び優勝できる日を目指して頑張るチームに今後も目が離せない。

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