テニス選手フアン・マルティン・デル・ポトロの功績 | SPAIA

テニス選手フアン・マルティン・デル・ポトロの功績


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テニス観戦に興味のある方へ。 プロテニスプレイヤー、フアン・マルティン・デル・ポトロの素晴らしい実力、知りたいと思いませんか? 今回は、彼の功績をご紹介します!

フアン・マルティン・デル・ポトロの生い立ち

1988年生まれ、出身はアルゼンチンにあるタンディル。イタリア系アルゼンチン人です。元セミプロラグビー選手で獣医の父親と、教師の母親の家庭で育ちました。ジュニアテニス選手の登竜門と言われている「オレンジボウル選手権」14歳以下の部で優勝。テニス界に新たな怪物登場と騒がれていましたが、度々の怪我と手術で、2年程試合出場を見合わせることとなりました。
しかし復帰後、国際大会やオリンピックにも出場し、メダルを獲得。完全復活を成し遂げ、怪物健在ぶりを発揮しているのです。世界ランキング最高4位、輝かしい大会成績を残しています。テニスファンの間で、大変有名な選手です。

デル・ポトロのデビュー戦から

2006年に4大大会の一つ、全仏オープンでデビュー。2007年に男子テニス国別対抗戦のアルゼンチン代表にも選抜されました。2008年にはツアーで初優勝をし、そこから猛烈な快進撃で4大会連続優勝を果たします!そこからランキングは急上昇し、年間最終戦であるATPワールドツアー「テニス・マスターズ・カップ」の出場権を初めて手にしました。こちらは年間ランキングを元に上位8名が選出される名誉ある大会です。
そして2009年には全米オープンで初優勝し、史上5番目に若い優勝者となりました。またその年のATPワールドツアー・ファイナル(この年テニス・マスターズ・カップから名称が変更)では準優勝を飾りました。

デル・ポトロの怪我と復活

2009年の成績により、若手の中で最も期待されていた選手でしたが、2010年に右手首の怪我で手術を受け、この年は試合ができませんでした。しかし2011年には大会優勝は逃したものの、最終ランキングを11位まで上げ、ATPアワード・カムバック賞を受賞するほどの復活を遂げました。その勢いはその後も続き、2012年は全豪・全仏・全米オープンともベスト8に進出、オリンピックで銅メダルを獲得しました。
2013年にはウィンブルドンでベスト4。快調と思われましたが、2014年に左手首の手術を受ける怪我を負い、大会を欠場する年になりました。2015年に試合に復帰するも、再度左手首の手術を受け、その後の大会を欠場しました。

デル・ポトロの躍進

2度目の怪我に悩まされましたが、彼の躍進はこれでは終わりませんでした。ランキングが585位まで落ちるも、2016年にはATPツアートーナメント大会のデルレイビーチ・オープンで準決勝進出を果たし、再び復帰を果たしました。そしてリオデジャネイロオリンピックにも出場し、1回戦では、前回のロンドンオリンピック3位決定戦の再現となる、世界ランク1位のノバク・ジョコビッチとあたるも勝利。銀メダルを獲得しました。

まとめ

いかたでしたか?怪我に悩まされながらもまだまだ続くフアン・マルティン・デル・ポトロの快進撃。今後も目が離せません。

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試合経過・結果

4/25 22:10更新

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