朝青龍を生み出した高砂部屋の歴史 | SPAIA

朝青龍を生み出した高砂部屋の歴史


相撲

出典 http://www.shikoku-np.co.jp

大相撲の高砂部屋に興味がある方へ。 朝青龍という誰もが知っている横綱を生み出した高砂部屋が、どのような歴史があって今に至るのか知りたい人も多いと思います。 今回はそんな高砂部屋の歴史についてご紹介します。

高砂部屋の歴史

高砂部屋の歴史はその他の相撲部屋の歴史は明治時代まで遡ります。相撲界の変革を目指して奮闘を続けたことで有名な高砂浦五郎(初代)が作った相撲部屋です。彼は一代で相撲界を代表する強力な相撲部屋にしました。
高砂部屋は今までに横綱と大関を6人も生み出しています。そのため、相撲界においては超名門部屋としてとらえられています。高砂部屋には稽古に使う土俵にも特徴があります。稽古に使う土俵に俵を使わず、皿土俵という名前の特別な形を使うのが特徴です。これはケガの予防のためと言われており、昔からの伝統となっています。

初代高砂は相撲界の変革を目指した

初代の高砂である高見山大五郎は、相撲界の変革を目指していました。それを実現するために作ったのが「高砂改正組」です。これを作った後、東京相撲界所を抜けることになります(その後、東京相撲界所に復帰します)。 江戸相撲に高砂という名前が重複するという理由から、江戸の高砂は高島へと名を変え、東京の高砂は浦五郎を名乗るようになりました。この浦五郎という名は2代目高砂から7代目まで継承することとなります。

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