日本が誇るサッカー界の天才たちの意外なセカンドキャリアまとめ | SPAIA

日本が誇るサッカー界の天才たちの意外なセカンドキャリアまとめ


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Photo by mooinblack / Shutterstock.com

全国のサッカーファンの方へ。本稿では日本人サッカー選手の引退後にスポットを当てたいと思います。天才と謳われ日本サッカー界を引っ張た男たちが、スパイクを脱ぎ、ピッチを去った後に日本国内外で取り組む意外な「セカンドキャリア」5つの事例を紹介します。

【中田英寿】チャリティ、お菓子、日本酒…世界を駆ける男

日本サッカー史上最も海外で評価の高い選手でありながら、2006年に29歳で突然の現役引退。功績を認められ、翌年FIFA親善大使に任命されたものの、まるで「旅人」のように世界各地を転々としていました。
2009年に自らが代表理事を務める一般財団法人「TakeAction Foundation」を設立。ケニアに給食10万食を届けるワンクリック基金や、口蹄疫、東日本大震災問題に対処するチャリティイベントを続々と開催しました。
お菓子好きが高じて、現役時代から東ハトの非常勤執行役員としての肩書きを持っており、キャラメルコーンなど主要商品のパッケージを一新するプロジェクトを手がけました。近年は日本酒の美味しさに心を奪われ、さまざまな事業を展開。2015年はイタリア・ミラノで期間限定の日本酒バーをオープンさせました。
かつてのトッププレーヤーたちが主催するチャリティーマッチには声がかかり、時折かつての天才的なプレーを見せて、今もファンを楽しませています。

【磯貝洋光】稀代の天才MFがプロゴルファーに転身

Jリーグ創世期にガンバ大阪で活躍したのが磯貝洋光。センスの塊とも呼べるプレーヤーで、非凡なパスセンスでチームを牽引し、精度の高いフリーキックで多くのゴールを生んできました。プレーにはムラがあり良くも悪くも「天才肌」で、クラシックなトップ下の選手。それ以外のポジションもかなりのクオリティをもってプレーできることを証明しましたが、ケガが原因となり1998年に若くして引退します。
セカンドキャリアでは、趣味で続けていたゴルフの道を進むことを決心。持ち前のセンスでプロ試験に合格し、プロゴルファーとしての道を歩んでいます。2007年には同世代の沢登正朗の引退試合に出場。かなり太ってしまい観客を驚かせたものの、随所に光るプレーを見せ、そのセンスのよさを再認識させられました。

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