「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

プルシェンコと羽生の言葉から見える男子フィギュアの進化

2016 12/26 10:22きょういち
大学駅伝
このエントリーをはてなブックマークに追加

さらなる高みを目指す羽生

 4連覇を達成した喜びよりも、彼のコメントとその表情から伝わる悔しさの方がはるかに印象に残ったファンも多かったのではないか。

 彼とは羽生結弦(ANA)。12月に行われたフィギュアスケートのグランプリファイナルで、男女を通じて初となる4連覇を達成した。2014年ソチ五輪で金メダルを獲得してからも羽生の勢いは衰えないが、4連覇を決めた後のコメントは、要約すれば「演技には満足していない」というものだった。

 フリーでは3種類の4回転ジャンプを用意していた。立ち上がりの4回転ループと4回転サルコーは成功させたものの、後半立ち上がりの4回転サルコーでは転倒。フリーの演技では3位だった。結果としては失敗に終わったかもしれないが、難易度の高い演技に挑まなければならない理由がある。

 今や、男子のフィギュアでは4回転を複数回跳ぶのは当たり前になっているからだ。

 グランプリファイナルで銅メダルを獲得した宇野昌麿(中京大)も複数回跳んでいる。フリーで1位になり、総合でも2位になった17歳のネーサン・チェン(米)は4回転ジャンプを4度跳んだ。

 4回転を複数回跳び、かつ、難易度の高い4回転を跳ぶ。そんな男子フィギュアの現状を見ると、かつてのスター選手のことを思い出す。2006年トリノ五輪金メダリストであり、世界選手権優勝3度、グランプリファイナル優勝4度を誇るエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)である。

「4回転を跳ばないフィギュアはスポーツではない」

 2010年のバンクーバー五輪の直前、エストニアのタリンで欧州選手権が開かれた。この時4季ぶりに復帰したプルシェンコが出場し、6度目の優勝を飾った。

 演技後の記者会見だった。五輪王者の厳しい答えを期待する、少し意地悪な質問だったかもしれない。プルシェンコが不在の間の男子フィギュア界についての質問が飛んだ。プルシェンコがこう答えたのを、筆者は覚えている。

 「僕がいない間に、4回転ジャンプを跳ばない選手が世界王者になっているなんて」

 「4回転を跳ばないフィギュアは、スポーツと呼べるのだろうか」

 プルシェンコがいない間、4回転を跳ばなくても世界の頂点に立つことができた。それを皮肉った答えだった。

 採点競技の難しさは、美しさという芸術性と、技術というスポーツ性のバランスである。採点競技は五輪種目にはなじまないという意見もあるし、そもそもスポーツなのかという意見さえも聞いたことがある。大きな大会が終わる度に、採点への不満が選手のみならず、ファンからも出てくる。時には芸術性ばかりが強調される。そんな中、プルシェンコは「フィギュアはスポーツだ」と言い、それは「誰もができないようなジャンプを跳べるからだ」と言いたかったように聞こえた。

 そして、バンクーバー五輪。4回転を跳んだプルシェンコと、3回転の選手との差はあまり開かず、プルシェンコは銀メダルに終わった。

憧れの存在と、それを祝福した元王者

 少し話がそれるようであるが、羽生が子どものころ、憧れていたのがプルシェンコだった。テレビやネットで写真をご覧になった方も多いとは思うが、10歳のころの羽生はプルシェンコと同じマッシュルームカットにしていた。2009年には、アイスショーで来日していたプルシェンコに通訳を通じて話をさせてもらったこともあるという。

 そして、羽生はプルシェンコの地元であるロシアで行われた2014年ソチ五輪で、日本男子初のフィギュアでの五輪王者に輝く。その時、テレビなどのインタビューでプルシェンコは羽生に賛辞を贈っている。

 「私は彼のヒーローだったかもしれないが、今は彼が私のヒーローだ」

 ソチ五輪の羽生は、もちろん4回転を跳んでいた。

史上初のジャンプへ

 4回転と一口に言っても、ジャンプの種類はサルコー、ルッツなどいろいろあり、難易度も違う。最も難しいのがアクセルだ。

 冒頭に話を戻す。デイリースポーツによると、グランプリファイナルで4連覇を達成した羽生はこう語っていた。

 「4回転アクセルは、スケートを始めた頃からの僕の夢。いつか試合で入れてみたい」

 羽生、そして、男子フィギュアはさらなる進化を続ける。