日米ハーフのスケーター 長洲未来の功績について | SPAIA

日米ハーフのスケーター 長洲未来の功績について


長洲未来

Photo by Aija Lehtonen / Shutterstock.com

フィギュアスケートのファンの方へ。日本人でもあり、アメリカ人でもある長洲未来のことを知りたいと思うあなたに生い立ちや功績をご紹介します。

長洲未来の生い立ち

長洲 未来は1993年に、寿司店をロサンゼルスで営む日本人両親のもとに生まれます。もともとはスケートではなく、両親とゴルフを習っていました。しかし、5歳の時に悪天候の日にゴルフの代わりに近所のスケートリンクに遊びに⾏ったことがきっかけでスケートをすることになります。アメリカで⽣まれ育っているので、日本国籍とアメリカ国籍を持っていました。
日本スケート連盟からの移籍を打診されたりしましたが、アメリカの選⼿としてスケートを続けています。⾃らのことを「日本が大好きなアメリカ人」と表現していて、「2つの国の⼈から応援してもらえる境遇にある私はすごくラッキーだ」とも⾔っています。

長洲未来のジュニアの成績

2002-2003年のシーズンから全米選手権予選に出場しはじめましたが、2006-2007シーズンで、全米選手権本選に初めて出場をして、ジュニアクラスで優勝をします。初めて出場した国際大会の世界ジュニア選手権では、2位となり次第に頭角を現します。翌年のシーズンはISUジュニアグランプリに参戦をして、1戦目レイクプラシッドで初優勝、2戦目のクロアチア杯でも優勝をして、初出場のファイナルでも優勝しました。
さらに全米選手権のシニアクラスで優勝をして、全米ジュニア・シニアタイトルを連続で獲得するのは、70年ぶりの快挙となりました。

長洲未来のシニアでの成績

2008-2009シーズンはから、シニアに移行しましたが、けがなどから2年程、不調に終わり、2010-2011シーズンは、けがもありましたが、中国杯は4位、エリック・ボンバール杯は2位となり、GPシリーズは、参戦3年目にして初のメダルを獲得しました。全米選手権は3位、四大陸選手権ではFSのパーソナルベストを更新し、3位となりました。2011-2012シーズンには、ネーベルホルン杯で、シニアの国際大会で初優勝をした後、コーチや練習拠点を変えます。一時期、岡山に滞在して無良隆志氏にコーチをしてもらったりと、技術を磨いていきます。

長洲未来の近況から未来へ

2015-2016シーズンの四大陸選手権では2位となり、5年ぶりのメダルを獲得しました。この時、バンクーバーオリンピック以来の6年ぶりの、総合得点で自己ベストを更新しました。また、2016年4月におこなわれた ISU世界フィギュアスケート選手権2016では、総合で10位でしたが、ほぼノーミスの演技で終わることができました。
そしてなにより、観客の温かい歓声から、彼女が愛されていることがよくわかりました。長洲未来は、まだ23歳なので、彼女の持ち味である高い柔軟性や、得意のスピンやスパイラルシークエンスの精度を上げて表彰台に上がるのを期待しています。

まとめ

Mirai Aileen Nagasuという英語名がありながら、長洲未来という日本名で、生まれ育ったアメリカの代表として、戦い続けるのは、日本とアメリカの両方の国を母国と考え、愛していることがわかります。まだ23歳です。これからが楽しみです。

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5/28 18:12更新
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