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MLBを知ろう!シアトル・マリナーズの永久欠番はいくつある?

2017 6/13 12:41cut
マリナーズ,チーム
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Photo by Alan C. Heison / Shutterstock.com

日本のMLBファンに最も人気があるといっても過言ではないシアトル・マリナーズ。 イチロー選手が在籍したことで2001年から人気チームとなった。 そのマリナーズの永久欠番はいくつあるのだろうか? マリナーズの永久欠番を探っていきたい。

シアトル・マリナーズはどんなチーム?

1977年に創設されたシアトル・マリナーズは、アメリカンリーグ西地区に所属している。イチロー選手が長きにわたり在籍していたことで日本人ファンにもなじみのある球団だ。イチロー選手以外にも、佐々木主浩選手、長谷川滋利選手、青木宣親選手、岩隈久志選手らが在籍していた。
2016年終了時点で地区優勝はあるが、ワールドシリーズ制覇、リーグ優勝の経験はない。イチロー選手の加入した2001年にMLBタイ記録となるシーズン116勝を達成したが、リーグ優勝には手が届かなかった。

マリナーズの永久欠番は3つ

マリナーズの永久欠番は「11」「24」「42」の3つとなる。「42」はMLB全球団共通の永久欠番であるジャッキー・ロビンソン選手の番号となっているため、マリナーズ独自の永久欠番は「11」「24」の2つになる。
ケン・グリフィー・ジュニア選手の「24」は2016年、エドガー・マルティネス選手の「11」は2017年に永久欠番に指定されており、1977年の球団創設から約40年間は球団独自の永久欠番は存在しなかった。

「11」エドガー・マルティネス選手

エドガー・マルティネス選手は、1982年にマリナーズと契約し、1987年にメジャーデビューを果たす。1990年にメジャー定着を果たして打率.302を記録すると、その後は三塁手のレギュラーに定着。1995年からは引退までほぼ指名打者としてプレーした。
キャリアの中で首位打者2回、打点王1回、シルバースラッガー賞5回、最優秀指名打者賞5回と数々の表彰を受けたマルティネス選手は、マリナーズの象徴としてファンの人気を集めた。指名打者として大きな功績を残したことから、最優秀指名打者賞がエドガー・マルティネス賞と名称変更された。 2004年に引退したマルティネス選手の「11」は2017年に永久欠番に指定されている。

「24」ケン・グリフィー・ジュニア選手

父であるケン・グリフィー・シニア選手もメジャーリーガーとして活躍していたケン・グリフィー・ジュニア選手。1987年のドラフトでマリナーズから全体1位指名を受け入団。1989年にメジャーデビューを果たすと、1999年までマリナーズの中心選手として活躍する。1997年からは3年連続本塁打王に輝くなどリーグ屈指の打者に成長を遂げた。
その後、父もプレーしていたシンシナティ・レッズに移籍。シカゴ・ホワイトソックスを経て、2009年にマリナーズへ戻ってきたグリフィー選手は、現役引退までの2年間を古巣で過ごす。通算で630本の本塁打を放ったグリフィー選手は、禁止薬物とは無縁のクリーンな選手としてファン人気も高かった選手だ。 引退から6年経った2016年にマリナーズで背負った「24」が永久欠番に制定された。

永久欠番の期待がかかる「51」

2016年シーズン終了時点でマリナーズの永久欠番は「42」を含めて3つだが、「51」が近い将来に4つ目の永久欠番になると噂されている。
「51」は、イチロー選手やランディ・ジョンソン選手という、偉大な2人の選手が背負っていた番号だ。ジョンソン選手は、通算303勝を挙げたリーグを代表する投手で、マリナーズでは10年間で130勝をマークしている。現役のイチロー選手は、マリナーズ史上記憶に残る選手であることは間違いない。日本が産んだ安打製造機であるイチロー選手の「51」が永久欠番となることに期待だ。

まとめ

マリナーズは1977年に創設されており、歴史は40年ほどだ。 まだまだ歴史が浅い球団ではあるが、イチロー選手を含む歴史の一部を彩った「51」が永久欠番になるのか、今後注目していきたい。