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箱根が生み出す『山の神』たち〈2〉

2017 1/16 12:15きょういち
山の神
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マラソンへの適性がないのでは

 初代「山の神」である今井正人選手が社会人になってから、なかなかマラソン選手として開花しなかったことは「箱根が生み出す『山の神』たち①」でお伝えしました。

 課題はいつも30キロからの走りにありました。山登りが強かったイメージから、スタミナがあるような印象がありましたが、実はそうではありませんでした。30キロを越えると、走りが硬くなり、最後には腰が落ちて、失速してしまう。その繰り返しでした。

 関係者ではこんな噂が流れていました。

 「今井はマラソンへの適性がないのではないか」

 トラックの1万メートルで速かったり、駅伝でものすごい力を発揮したりする選手がマラソンで成功するとは限りません。やはり、42・195キロというのはとんでもなく長いのです。終盤で失速し、マラソンで成功しない選手に対して「マラソンへの適性がない」と言われますが、今井選手にもそういう声が聞こえました。今井選手が所属するトヨタ自動車九州の森下広一監督も、頭を抱えていたのを思い出します。

ついにマラソンの今井へ

 でも、今井選手はそんな陰口を吹き飛ばします。

 2014年2月の別府大分毎日マラソンで2時間9分30秒をマークし、ついに「サブテン」の仲間入りを果たしました。そして、2015年2月の東京マラソンで日本歴代6位となる2時間7分39秒をマークします。このタイムは日本の現役選手では最速となります。ついに、「マラソンの今井」として開花したときでした。

 いろいろと試行錯誤した上での結果でした。脚の動きを変え、30キロを越えても大きくは失速しない走りを手に入れました。

 「ここまで長かった」

 レース後、30歳になっていた今井選手はそう語っていていました。

 今井選手が所属するトヨタ自動車九州の森下広一監督は「ようやく心技体がそろった」と語りました。今井選手は非常に謙虚なランナーですが、それでも、かつて「山の神」と呼ばれ、学生駅伝の頂点に立ったことをプライドに思っていたようです。それをようやく捨て去ることができたということでしょう。

 今井選手はこの大会での活躍から同年の北京世界陸上の日本代表に選ばれましたが、体調不良のために欠場しました。まだ、日の丸をつけて、世界の舞台でマラソンを走ることができていません。

 今井選手は今年のロンドン世界陸上代表の座を狙い、2月の東京マラソン、3月のびわ湖毎日マラソンに挑戦する予定です。

2代目も福島県から

 今井選手がつくった箱根の5区の区間記録を破る選手が、2009年に現れました。東洋大学の1年生だった柏原竜二選手です。

 柏原選手は、今井選手と同じ福島県出身。福島のいわき総合高校時代は、貧血の影響でなかなか結果を出せず、高卒後は就職を考えていましたが、東洋大学の熱心な勧誘で進学を決めました。

 その柏原選手、今井選手以上に山登りという特集能力に長けたランナーでした。

 1年生で区間新をマークすると、4年連続区間賞。毎年毎年、山登りで激走するのですから、「山の神」の名前が定着しないわけがありません。さらに、大学4年間で箱根の優勝を3度経験。「山の神」が優勝に導くという図式をしっかりと定着させました。

 柏原選手は大卒後の2012年、実業団の強豪富士通に進みます。

 そして、現在の柏原選手ですが、思うようにトラックでも駅伝でも結果が出せていません。残念ながら、実業団の駅伝には山登りはありませんから。

 マラソンでも結果が出せていません。マラソン初挑戦だった2015月のシドニーマラソンは2時間20分45秒。2度目の挑戦だった2016年のびわ湖マラソンでは2時間22分15秒の52位という結果に終わりました。

 今井選手以上に実業団の壁に苦しんでいる柏原選手。大学生の時は、いつもレース後は記者に囲まれて大変だったのですが、今は柏原選手を囲む記者もまばらになっています。

3代目は青山学院大学躍進の立役者

 2代目「山の神」柏原選手が卒業してから3年後の2015年、新たな「山の神」が生まれました。青山学院大学3年の神野大地選手です。

 神野選手の活躍でこの年、青山学院大学は箱根で初優勝。翌年も連覇を達成しました。

 2016年に社会人のコニカミノルタに進み、2017年のニューイヤー駅伝ではエース区間の4区を走りました。「山の神」のニューイヤーデビューとして注目されましたが、区間7位。同い年の服部勇馬選手(トヨタ自動車)にも負けてしまいました。

 期待されていた人からすると驚きだったかもしれませんが、「山の神」も平地ではただの人です。でも、今井選手のように長く続けていれば平地でも「覚醒」するかもしれません。いずれにせよ、神野選手もこれからの選手です。

これからも生まれるであろう「山の神」

 3人の「山の神」に共通するのは、大学時代から特別な注目を浴びてきたこと。そして、その注目が本来の平地の実力からは、あまりにも過大評価されたものであること。その過大評価が社会人となった彼らの中でギャップを生み出し、それに苦しんでいくということです。

 大学時代、箱根という人気スポーツの中で、ほかの駅伝ではあり得ない山登りをし、何人もごぼう抜きするのだから、スターにはなります。でも、それはあくまでも箱根における特殊能力だと、割り切って見てあげないと、選手たちも不幸になりますし、山登りだけ速ければ箱根に優勝できるという状況は、陸上競技の強化にはつながりません。

 そういう意味で、今年から5区の短縮には賛成ですが、2キロほどの短縮ではあまり意味がないと思います。おそらく、これからも「山の神」は生まれてくるでしょう。5区のエキスパートを育てることが優勝への近道だと、監督さんたちは知っているからです。