「世界最強の陸上選手」室伏広治が残した功績 | SPAIA

「世界最強の陸上選手」室伏広治が残した功績


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Photo by Erik van Leeuwen

陸上競技の選手として長く世界の第一線で活躍してきた室伏広治選手が、2016年6月の日本選手権を最後に競技引退を表明しました。10年以上に渡って世界で活躍してきた鉄人・室伏選手。この記事では、彼がこれまでに残してきた偉大な功績と足跡を辿ってみました。

「室伏広治」が陸上界に轟かせた衝撃

陸上男子ハンマー投げで、室伏選手は伝説的な功績を長期に渡って重ねてきました。日本選手権では、初優勝を飾った1995年から2014年まで20連覇という金字塔を達成しています。
世界の舞台では、1998年のアジア大会を大会新記録で優勝したのを皮切りに、2001年にはグッドウィルゲームズで日本人初となる優勝、2002年はアジア選手権とアジア大会を共に大会新記録で優勝、IAAFグランプリファイナルで日本人初の優勝、そして2004年には最も大きなタイトルの1つ、アテネオリンピックの金メダルを獲得しました。外国人に有利な投擲種目において、日本人史上初の快挙です。
それ以降もワールドアスレチックファイナルやIAAFハンマースローチャレンジで優勝、2011年には国際大会最後のタイトルとなった世界陸上選手権の優勝があります。これは世界選手権における男子史上最年長の優勝としても記録されています。

私たち世間が「室伏広治」を知るまで ~生い立ち、陸上との出会い

1974年生まれ静岡県出身の室伏選手は「アジアの鉄人」と呼ばれた室伏重信氏を父に、やり投げのルーマニア代表だったセラフィナ・モーリツさんを母に持ちます。そのため本名に「アレクサンダー」というミドルネームがついています。
幼い頃からテニスや水泳、少林寺拳法など色々なスポーツを経験、5年ほどを過ごしたロサンゼルスでもテニスやゴルフを経験してきました。
日本に帰国後は愛知県に居住、保見中学校に転入し複数の部活動を掛け持ちしていましたが、最終的には陸上部1本に絞り、砲丸投げ、走り幅跳び、400m走の三種競技に取り組みました。
ハンマー投げを始めたのは千葉県の成田高校に進学してから。しかし瞬く間に高校新記録、高校最高記録を樹立して、高校陸上界に衝撃を与えます。インターハイは1991年と92年で2連覇を達成しました。

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